後北条氏が関東を席巻していく過程で、最も重要な軍事戦略の一つは玉縄城

城主北条綱成指揮下の「熊野水軍」であった。

永禄十年の里見水軍の三浦三崎への侵入に対して目覚しい戦功を上げたこと

は「続紀伊風土記有田広村梶原古文書」に明らかである。

後北条氏の「治政」の巧みさだけで、名だたる関東の武士団を制覇すること

などは出来る訳がなく、要は「史家の勝手な理屈」のつけ様、結果論であり

後北条氏の「戦術の軍略」に全く無知であることによる。

天文十五年の「武蔵国河越夜討戦」は今迄の関東武士団の戦略とは全く違っ

ていた。此の戦で後北条氏が行った戦術は「東武士」に「弓矢」を徹底的に

使わせないことであった。「関東の武士団」は敵将等の兜首を獲って、恩賞

に預かることが出来るのであり、誰の手柄か解らぬ「夜襲」は以ての外であ

った。

「わざと松明を持たず、合言葉を定めて、身軽な精兵を敵陣に突入させ前に

あるかと思えばと後ろに廻り、四方に変化して一処によるな、と命令して大

戦した。天道の憐れみゆえに運命を開き候」と氏康が「夜討ち」の九日後に

語っている。

これより以前、天文七年の里見氏との「国府台合戦」の時、北条氏綱方、軍

配者として、根来衆の一人「金石斎」が既に抱えられており夜討ち戦で「火

薬」を使用したり「透波」「乱波」等が活躍した形跡がある。

野戦で三日三晩連続で夜襲を受ければ、兵士隊は睡眠不足になることは必定

で戦闘不能となり敗退となったと思われる。

此等、新戦術の実働隊には「熊野水軍」も協力していた事が「天文七年六月

十八日の新當流免状」によって裏付けられるのである。

天文七年六月十八日付、愛洲三郎殿に允許の新當流の師範「飯篠修理亮吉

定」が香取文書簒巻十五掲載の「飯篠系図」に記載されておらず、剣祖影

流愛洲移香斎久忠顕彰会は「飯篠長威」の調査を平成十八年一月より一年

間に亘って行った。

先ず、千葉県教育委員会に、千葉県指定史跡「天真正伝神道流始祖飯篠長威

斎の墓」の指定史跡理由書の開示を求めた所、同教育委員会は「理由書」は

書かれておらず、指定に当たっては、江戸時代文政十年頃の久保木清淵著

「香取私記」が添付されて、昭和十八年二月十日付けで指定されたことが

解った。

「天文七年六月十八日の愛洲三郎殿に允許」の「新當流免状」から読み取

れることは、一、新當流の武術は「武士」を対象とした「介者刀法」では無

く、本来非戦闘要員であった百姓や扶丸達を戦場で主人の馬を曳、主人を補

助する「中間や小者、あらしこ」に仕立てる速成術である。

「御免状」には二人の「童形の若衆」が描かれている後世に至ってもこの様

な若衆が「刀法」の「允許状」に描かれているのは後にも先にも「新當流」

独特の絵である。

此の若衆、「童形」こそ香取社が中世支配した「香取の海」の「常陸・下総

海夫」と思われる。網野善彦氏が説いた「清目」の職能として「関銭等の徴

収」を行っており、「童形」が重用されていた証であろう。


「愛洲三郎殿に允許」の「飯篠修理亮吉定」とは如何なる人物なのか、云う

までも無く香取社の大禰宜の支配下で、香取の海の「海夫」を束ねていた

「田所家の庶子」の飯篠氏である。


香取文書簒巻十五掲載の「飯篠系図」は二代目「貞秀」が香取大宮司家系

（臼井胤慶書状）であり、三代目「若狭守」は田所家系であることは「田所

文書」と新福寺文書で明らかである。飯篠村の百姓の宇兵衛家を出奔した

「飯篠村のチョウイ」とは全くかけ離れた家系図である。二代目からして他

家の系図が取り込まれているのでは論外としか云いようが無い。


当然この様な奇怪な継ぎ足しした家系図には実在した飯篠修理亮吉定の名は

逆に記されていない。本家田所家には「吉」の諱は数多く受け継がれており

間違いなく飯篠修理亮吉定は「田所家庶流」として実在したことは明白であ

る。