近世に重なり製作された「長威の碑」神社の神域・神領地内の「触穢」「禁忌」は厳しい

ものであるが、香取神宮の「御荒魂」の鳥居の直前１０メートルの所に設けられている

「飯篠長威」の墓石は正しく「禁忌を憚らず。」そのものである。

此の墓石はもともと此の場所にあったのではなく、安永年間（一七七二～一七八〇）に

少し西方の処（場所の特定は無し）から移したとの伝承である。

先ず、墓石の不自然な点を検証してみると、此の墓石は、鎌倉時代を上限として江戸初期頃

まで、庶民が来世への安楽往生を願って、全国各地で盛んに造立された塔婆の一種で、

「板碑」と呼ばれるものである。

肉親や近親者は勿論、生前尊敬していた人の為、七日とか四十九日とかの忌日、死者の

追福を願って造立する追善供養を生前あらかじめ死後の安楽を祈念するか、または子供の

ために供養を営む逆修（預修）などいずれも供養を目的とするもので何事かを銘記して

後世に顕彰伝承を旨とする碑の類とは異なる。

板碑は関東地方において二つに分類されると云う。一つは「下総板碑」であり他は「青石

板碑」と呼ばれている埼玉県を中心として西南関東に分類するもので、厚さも薄く細長い

板状をしており頂上部が必ず三角形に尖っている。これは一般に「武蔵式板碑」と呼ばれ

千葉県では東葛飾郡に多いが他の地方では僅かである。下総式板碑は非常に厚く幅も

広く黒色或いは黒褐色のもので、一見して鈍重感が強い。

板碑の碑面を見ると、信仰の対象である仏が上部に画像或いは種子（仏様を表示する梵字）

が描かれて、その下に供養される人の法名、年月日が刻まれている。更に華瓶、経文或いは

願文を刻んだものさえある。

下総式板碑にはこれ等を天蓋や蓮の花を台とした蓮座蓮台で荘重に飾りつけるのが普通の

手法とされている。この様に詳細に説明する理由は、「飯篠長威」の板碑が今迄分類した

板碑のどの分類にも入らないばかりか、素人が製作した様な稚拙な板碑であるからである。

菩提寺が全く係わった形跡の無い「飯篠長威」の板碑は、まことに奇怪である。写真に見ら

れる如く「頭頂部」の左から右下にかけて、袈裟懸けに欠損している。最上部分が如何なる

形状だったかは、推測の域しか出ぬが、石質は「下総板碑」ではなく「緑泥石」で左頭部ま

での高さが５８センチ、幅が４９．５センチ厚みは８センチと「武蔵式板碑」の形状を呈し

ているのは一目瞭然である。

 更に奇怪なのが刻文である。

飯篠伊賀守

長威大覚位

長享二年申戌四月十五日

千葉県史料集金石集には「三千基」に及ぶ板碑の調査がなされ碑文も掲載されている。

この様な一列目が「俗名」二列目が「法名」（戒名）、が刻まれた、いずれの宗派にも属さ

ない板碑の碑文は、後にも先にも「長威」の碑以外には報告されていない。

「飯篠系図」では盛んに「新福寺寄進状」の古文書を引用している。「新福寺」は真言宗の

名刹であるからこの様な「滅茶苦茶」な碑文を書くことは絶対無い。

「飯篠系図」と「飯篠長威の墓」は決定的に齟齬をきたしているのは明白である。

菩提寺を持たないこの「長威」の墓碑は剣の師匠としてはまことに不名誉な「頭部を袈裟懸

け状に欠損」した無残なる形状を呈しているのが現状である。